製造販売後DB調査

製造販売後データベース調査のリサーチクエスチョン設定について

はじめに

以前の記事(『製造販売後データベース調査についてPMDAが推奨するステップ』)で紹介したように、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)は、製造販売後調査等の実施においてリサーチクエスチョンの明確化が重要であると示しています。また、安全性監視計画の具体化の推奨ステップ1)や、「製造販売後データベース調査実施計画書の記載要領」2)では、より具体的にリサーチクエスチョンの要件や記載方法を提示しています。したがって、製造販売後データベース調査においても、しっかりとしたリサーチクエスチョンを設定することが不可欠です。

今回は、製造販売後データベース調査の実施計画書作成を念頭に置いて、リサーチクエスチョンの作成に役立つように、基本的な作成の流れや実際の事例をまとめました。3), 4), 5)

クリニカルクエスチョンからリサーチクエスチョンへの落とし込み

製造販売後データベース調査におけるクリニカルクエスチョンは、PMDAの推奨するステップでは、「各安全性検討事項における製造販売後に明らかにしたい懸念事項」に相当します。1), 6)この安全性検討事項は3つに分類され、以下のように懸念事項の例が示されています。

  • 「重要な特定されたリスク」については、リスク因子の特定等
  • 「重要な潜在的リスク」については、医薬品と有害事象との因果関係
  • 「重要な不足情報」については、臨床試験の対象者としては含まれなかったものの、製造販売後に当該医薬品の使用が想定される集団において、既知の副作用の発現状況が他の集団とは異なる可能性等

具体的には、以下の疑問があげられます。

  • 「薬剤Aの臨床試験で報告された消化管穿孔のリスク因子との関連はどのくらいあるか?」
  • 「薬剤Bにおける重要な潜在的リスクRは、同効類薬と比較して差があるか?」
  • 「薬剤Cに関連する副作用Sが、腎臓の基礎疾患のある患者集団で多くないか?」

クリニカルクエスチョンを思いついた段階では、曖昧だったり、研究で検証するのが難しい問いであったりすることも多いです。また、既に同様の事象が先行研究で解明されている場合もあります。そのため、

  • より具体的に何を知りたいのか?
  • 先行事例で分かったことは何か?
  • 未解明な部分はあるか?

などを明確にしていく作業が重要になります。

クリニカルクエスチョンが定まったら、(次の項目で述べる)4つの要素PE(I)Oに定式化して整理し、課題がより明確化されたリサーチクエスチョンに落とし込んでいきます。

リサーチクエスチョンをPE(I)COTで文章化する

PE(I)COTとは、対象・集団(Patient)、要因(Exposure)、介入(Intervention)、比較対象(Comparison)、アウトカム(Outcome)、調査対象期間(Timing)の頭文字です。リサーチクエスチョンをこれらの要素で構造化することで、課題がより鮮明になり、研究の実現可能性の吟味が深まることや、研究者や担当者間での共通理解が進んでコミュニケーションが効率的になることが期待できます。

例えば、「薬剤Cに関連する副作用が、腎臓の基礎疾患のある患者集団で多くないか?」というクリニカルクエスチョンの場合、リサーチクエスチョンとして

PPatient腎臓病で通院歴のあるXX歳~YY歳の患者
EExposure薬剤Cの処方
CComparison薬剤Cを未使用の患者
OOutcome副作用Sの発生率
TTiming2018年1月~2021年12月

といったものが考えられます。

PMDAの提示する「製造販売後データベース調査実施計画書の記載要領」においても、リサーチクエスチョンについて、PE(I)COTの要素を含めて記載することが求められています。また、PMDAのホームページに掲載している「医療情報のデータベース等を用いた医薬品の安全性評価における薬剤疫学研究の実施に関するガイドライン」7)では、PE(I)COTの要素について、より現場に沿った内容で説明しています。是非、参考にしてください。

FINERかどうかチェックする

リサーチクエスチョンはPE(I)COTの要素が含まれているだけでなく、次にあげる実現可能性などが十分吟味される必要があります。これらは、Hulleyらが提案したFINER8)として知られ、良いリサーチクエスチョンかどうかを判断する助けとなります。

  • Feasible (実行可能である)
    • 利用可能なデータベースがあるか?
    • データベース中に研究要件を満たす対象が必要数存在するか?
    • 副作用の発生率といったアウトカムがデータベースから正確に収集できるか?
  • Interesting (科学的に興味深い)
    • 自身だけでなく他の研究者にとっても興味をひくものであるか?
    • 臨床現場での関心は高そうか?
    • 類似分野の研究例は多いか?
  • Novel (新規性がある)
    • 文献調査等で先行事例を把握する。
    • 関連研究が少なければ、新規性が高いかもしれない。
    • 先行研究では未解明のもの、新たな知見を与えるものであるか?
  • Ethical (倫理的に許容される)
    • 倫理的な問題があるか?
    • 倫理委員会の承認が得られそうな計画か?
    • PMDAとの合意が得られそうな内容か?
  • Relevant (社会に意味のあるもの)
    • 患者にとって切実な問題に関係するか?
    • 研究の結果が薬剤の処方やガイドライン等に影響を及ぼすものか?

について吟味を進めます。

各ガイドラインでのリサーチクエスチョンに関する記載

製造販売後調査を含む薬剤疫学研究に関連するガイドラインでは、リサーチクエスチョンに関してどのような記載がされているでしょうか? 国内および海外の代表的なものをいくつか紹介します。

国際薬剤疫学会のガイドライン

薬剤疫学実践のためのガイドライン(Guidelines for Good Pharmacoepidemiology Practice)9), 10)に、次のような記載が見られます。

F.研究目的(research objectives)、具体的目標(specific aims)、および根拠(rationale)。 研究目的(research objectives)として、その研究により得られる知識と情報を記述する。具体的目標(specific aims)として、関心のある鍵となる曝露とアウトカムをリストし、評価すべき仮説を提示する。研究実施計画書では、少数の事前の仮説とソースデータから分かることに基づいて生成される仮説を区別しなければならない。具体的目標(specific aims)の達成がどのように研究目的につながるのか、その根拠(rationale)を説明する。リサーチクエスチョンは、PICOTテンプレート(population, intervention, comparator, outcome, and timing)を用いて表現することができる。

欧州医薬品庁(European Medicines Agency: EMA)のGVPガイドライン

GVPガイドライン モジュール 8 9), 11)に記載された、Post-Authorisation Safety Study(PASS)の実施計画書に記載すべき事項に下記の内容が記載されています。

Ⅷ.B.5.1. 研究実施計画書の書式と内容8.研究の問い(research question)と目的(objectives) 調査・研究を開始するまたは義務付けられることとなった問題に対して、その研究がどのように取り組むのかを説明する研究の問い(research question)と、あらかじめ提示した仮説と主たる評価指標(main summary measures)を含む研究目的(research objectives)。

厚生労働省の通知

「医薬品の製造販売後調査等の実施計画の策定に関する検討の進め方について」1)の通知では、

ここで示すリサーチ・クエスチョンとは、具体的かつ明確な調査・試験の課題のことであり、対象集団、主たる検討対象の薬剤、比較対照、対象とする有効性・安全性検討事項及び対象期間の要素が含まれる。

の記載がなされ、続いて示された安全性監視計画の具体化のステップにおいて、

ステップ2)懸念事項ごとの科学的に適切な対処方法の決定 調査又は試験を実施する場合には、個々の懸念事項の内容に応じたリサーチ・クエスチョンとして、対象集団、主たる検討対象の薬剤、比較対照、対象とする安全性検討事項及び対象期間を設定した上で、調査・試験デザイン、最終的に評価する指標値及び情報の取得方法等について、吟味する必要がある。
ステップ4) 詳細な計画(プロトコル)の策定 プロトコルの作成にあたってはリサーチ・クエスチョンに照らし合わせて、科学的な観点から、対象集団の適格基準、曝露(薬剤服用)の定義、アウトカム定義、対象症例数及び解析方法等を含めて詳細な検討を行う。

と説明されています。

独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)のガイドライン等

ガイドライン

PMDAは「医療情報のデータベース等を用いた医薬品の安全性評価における薬剤疫学研究の実施に関するガイドライン」7)において、研究実施計画書に記載すべき項目と記載方法を示していますが、その中に次の記載がなされています。

2. 研究実施計画書の作成・目的1)研究目的:研究から得ようとする知見を述べる。リサーチクエスチョンとしてどのような知見を得たいのかを疑問文として示してもよい。

実施計画書の記載要領

「製造販売後データベース調査実施計画書の記載要領」2)では次のように記載されています。

調査の目的(リサーチ・クエスチョン)の記載要領調査の目的(リサーチ・クエスチョン)として、調査の対象とする安全性検討事項(検討事項が有効性の場合もある。)について、製造販売後に明らかにしたい懸念事項及びそれに対処するために設定した具体的な課題として、リサーチ・クエスチョンを記載すること。リサーチ・クエスチョンはPICOTの要素を含めて記載すること。目的(リサーチ・クエスチョン)が複数ある場合は、原則、目的(リサーチ・クエスチョン)毎に、調査実施計画書を作成すること。

実施計画の事例集からリサーチクエスチョンを紐解く

では、実際の製造販売後データベース調査で、どのようなリサーチクエスチョンが設定されているでしょうか? 事例集12)や医薬品リスク管理計画書(RMP)13), 14)から3例紹介します。

事例1 (事例集より)

「Z社のデータベースを使用したX癌患者におけるA薬又は対照薬投与中の急性膵炎発現リスク比較のコホートスタディ」

  • 安全性検討事項: 急性膵炎 [重要な潜在的リスク]
  • 調査デザイン: コホートデザイン

リサーチクエスチョン

X癌患者に対する本剤又は他の抗腫瘍剤(比較対照)による治療において、急性膵炎(アウトカム)の発現割合を算出し、患者背景の違いを補正した調整オッズ比に基づき、アウトカム発現リスクを比較すること。

PX癌患者集団
EA薬の投与
C他の抗腫瘍剤の投与
O急性膵炎の発現割合
T本剤の承認時点から○年間(20○○年○月○日~20○○年○月○日)

事例2 (RMPより)

「イブランス錠®(パルボシクリブ)の製造販売後データベース調査」13)(2021.8.16閲覧)

  • 安全性検討事項: 骨髄抑制(好中球減少) [重要な特定されたリスク]
  • 調査デザイン: ネステッド・ケース・コントロールデザイン

リサーチクエスチョン

パルボシクリブの製造販売後の使用実態下において、手術不能または再発乳癌患者を対象として、パルボシクリブ(カプセル・錠剤)が投与された患者における好中球減少(グレード4)の発現に影響を与えると考えられる要因(リスク因子)を探索する。

P手術不能または再発乳癌患者
Eパルボシクリブ(カプセル・錠剤)の投与
C
O好中球減少(グレード4):好中球数が500/mm3未満
T

事例3 (RMPより)

「ソリクア配合注ソロスター®(インスリン グラルギン)の製造販売後データベース調査」14)(2021.8.16閲覧)

  • 安全性検討事項: GLP-1受容体作動薬(インスリン製剤との併用を含む)からの切替え時の安全性 [重要な不足情報]
  • 調査デザイン: コホートデザイン

リサーチクエスチョン

GLP-1受容体作動薬(インスリン製剤との併用を含む)から本配合剤への切替え時における低血糖及び高血糖の発現状況を、その他の糖尿病治療薬から本配合剤への切替え時と比較。

P2型糖尿病患者
EGLP-1受動体作動薬(インスリン製剤との併用例を含む)からインスリン グラルギン配合剤へ切り替えた症例
CGLP-1受動体作動薬(インスリン製剤との併用例を含む)以外の糖尿病治療薬からインスリン グラルギン配合剤へ切り替えた症例
O・低血糖:診断名、診療行為、処方等・高血糖:臨床検査値(HbA1c)等
T承認販売後のデータ(患者数)蓄積状況及びPMDAとの疫学相談を踏まえて検討

なお、海外の事例については、最近の薬剤疫学雑誌での報告15)が参考になります。

最後に

リサーチクエスチョンをよく吟味して作成することで、製造販売後調査のプロトコル策定がよりスムーズに行えます。投稿論文やRMPなどから先行研究の計画書等を多数入手できます。実際の資料を基に、PE(I)COTへの落とし込みとその内容を分析することは、良いリサーチクエスチョンを作成する参考になります。是非、実践してみてください。

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製造販売後データベース調査についてPMDAが推奨するステップ

製造販売後データベース調査の事例紹介

引用

  1. 薬生薬審発0314第4号 薬生安発0314第4号「医薬品の製造販売後調査等の実施計画の策定に関する検討の進め方について」平成31年3月14日https://www.pmda.go.jp/files/000228612.pdf
  2. 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構「製造販売後データーベース調査実施計画書の記載要領」平成30年1月23日 https://www.pmda.go.jp/files/000222302.pdf
  3. 佐藤 俊哉, 山口 拓洋他「これからの薬剤疫学ーリアルワールドデータからエビデンスを創るー」朝倉書店 2021 
  4. 福原 俊一「リサーチ・クエスチョンの作り方(第3版)」健康医療評価研究機構 2015
  5. 日本製薬工業協会データサイエンス部会「科学的な医薬品リスク管理計画(RMP)実践のための安全性検討事項・研究課題(リサーチ・クエスチョン)の設定」2014 http://www.jpma.or.jp/information/evaluation/allotment/research_question.html
  6. 小濱 萌衣「改正GPSP施行後の安全性監視計画の変化」薬剤疫学 2018, 23 巻, Supplement 号, p. s74-s75, https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpe/23/Supplement/23_s74/_article/-char/ja
  7. 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構「医療情報のデータベース等を用いた医薬品の安全性評価における薬剤疫学研究の実施に関するガイドライン」平成26年3月31日 https://www.pmda.go.jp/files/000147250.pdf
  8. Hulley SB, Cummings SR, Warren SB, et al. Designing Clinical Research, 4th edition, Lippincott Williams & Wilkins, 2014
  9. 久保田 潔, 青木 事成, 漆原 尚巳ほか「日本における適正な安全性監視計画作成のためのタスクフォース報告書 よりよい医薬品安全性監視計画作成とチェックリスト」薬剤疫学 2014 19巻 1号 p. 57-74 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpe/19/1/19_57/_pdf/-char/ja
  10. Guidelines for Good Pharmacoepidemiology Practices (GPP) (Revision 3, June 2015); ISPE – International Society of Pharmacoepidemiology https://www.pharmacoepi.org/resources/policies/guidelines-08027/
  11. European Medicines Agency. Guideline on good pharmacovigilance practices (GVP), Module Ⅷ https://www.ema.europa.eu/en/documents/scientific-guideline/guideline-good-pharmacovigilance-practices-gvp-module-viii-post-authorisation-safety-studies-rev-3_en.pdf
  12. 日本製薬工業協会 医薬品評価委員会 PMS部会 2016-17年度タスクフォース3「製造販売後データベース調査実施計画書の記載事例集」2018 http://www.jpma.or.jp/medicine/shinyaku/tiken/allotment/db_inspect.html
  13. ファイザー株式会社「イブランスカプセル 25mg イブランスカプセル 125mg イブランス錠 25mg イブランス錠 125mgに係る医薬品リスク管理計画書」https://www.pmda.go.jp/RMP/www/672212/d0829598-8882-4704-8fcd-5a73b69f15fe/672212_4291051M1021_002RMP.pdf
  14. サノフィ株式会社「ソリクア配合注ソロスターに係る医薬品リスク管理計画書」https://www.pmda.go.jp/RMP/www/780069/06b4ab98-274a-4867-96f6-79377186abb8/780069_39695A0G1022_002RMP.pdf
  15. 松田 真一, 深田 信幸他「リアルワールドデータを用いた海外の研究事例を踏まえた、日本での製造販売後データベース調査実践における提言」薬剤疫学 26.e4 2021年3月18日 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpe/26/1/26_26.e4/_article/-char/ja
二宮 英樹 CEO

ラ・サール高校、東京大学医学部医学科卒業。脳神経外科を経て、株式会社メドレーではオンライン病気事典及び遠隔診療に従事した。株式会社トライディアでデータサイエンティストとして、企業向けデータ解析・AI開発に従事。株式会社データックを創業。医療データ解析をするなかで、医療データの収集体制づくりの大切さを痛感。医療データ収集システムしてiPad問診システム、医療言語処理技術の開発を行っている。「医療4.0」では日本の医療革新に関わる医師30人に選出。

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