DB研究-応用-

リアルワールドデータを用いた悪性腫瘍の治療効果判定手法とRECIST

はじめに

オンコロジーの治験が複雑化し、コストも高騰する中、電子カルテから生み出されるリアルワールドエビデンスへの期待は益々高まっています。しかしオンコロジー領域の電子カルテデータ活用では、治療の効果判定に使える指標が限られているという課題があります。

本記事では、電子カルテデータにおいて従来の治療の効果判定指標であるRECISTが利用可能なのか、もし利用可能でなければ代替手段はあるのか、ということについて解説します。

電子カルテデータを使った研究の課題

研究で電子カルテデータを利用するときの課題として、

  • 電子カルテはヘルスサービスリサーチで利用できるようにデザインされていないこと
  • 重要な臨床情報は記載されていない、または一貫した方法で記載されていないこと
  • 医療機関内外でITシステムが乱立し、情報が分散していること

などがあります。

加えてオンコロジー領域ではバイオマーカー、ステージ、転移部位、疾患の増悪といった臨床情報が大切ですが、それらの多くは非構造化データとしてしか記録されていません。1)

この非構造化データという問題については、

  • abstractorと呼ばれる専門スタッフが手作業で確認して構造化する
  • NLP(自然言語処理技術)を用いて自動的に構造化する

など、様々な取り組みが行われています。

本記事では、オンコロジー領域において重要な臨床情報(エンドポイント)であるRECISTに着目します。

RECISTとは

RECISTが開発された経緯

がん臨床試験においては、

  • 全生存期間(overall survival)
  • 無増悪生存期間(progression-free survival)
  • 客観的腫瘍縮小効果(objective response)

といったエンドポイントが利用されてきました。

このうち腫瘍縮小効果は第Ⅱ相試験において、無増悪生存期間は第Ⅱ相試験と第Ⅲ相試験の双方において、エンドポイントとして用いられてきました。いずれも腫瘍量を標準的な基準に基づいて測定する必要があります。そういった必要性に迫られて、RECIST(the Response Evaluation Criteria in Solid Tumors)が開発されました。

RECISTにおける評価方法

RECISTとは、固形がんに対する治療が効いているかどうかを、腫瘍の大きさを基準に評価する指標です。各病変について、主にはCT、MRI、PETといった画像評価に加え、腫瘍マーカー等を組み合わせて評価を行います。

標的病変について、下記分類に基づいて評価を行います。

  • 完全奏効(Complete Response: CR)
    • すべての標的病変の消失。
  • 部分奏効(Partial Response: PR)
    • ベースライン径和に比して、標的病変の径和が 30%以上減少。
  • 進行(Progressive Disease: PD)
    • 経過中の最小の径和に比して、標的病変の径和が20%以上増加、かつ、径和が絶対値でも5 mm以上増加。
  • 安定(Stable Disease: SD)
    • 経過中の最小の径和に比して、PR に相当する縮小がなくPDに相当する増大がない。

詳しく知りたい方は「固形がんの治療効果判定のための新ガイドライン(RECIST ガイドライン)ー 改訂版 version 1.1ー」を参照してください。

電子カルテを用いたRECISTの検証

日常診療ではRECISTは使われない

オンコロジー領域の日常診療では、定期的にRECISTに基づいて評価することはあまりありません。RECISTと似たような評価を行うものの、臨床的な印象ベースで、「改善した」「不変」「増悪」といった評価をカルテに記載することが多いです。

電子カルテデータに対してRECISTを適用するのは難しい

実際に電子カルテデータに対して、振り返ってRECISTに基づく治療効果判定を行えるのでしょうか。Flatiron Healthデータベースを用いた研究2)では、進行非小細胞肺癌の患者26名をランダム抽出しました。

RECISTに基づいて評価するために、

  1. 1st lineの治療開始直前の2ヶ月でベースラインの画像検査を行っているか
  2. 治療開始から28日以内に初回フォローアップの画像検査を行っているか
  3. フォローアップ画像のレポートでは、ベースラインの画像と比較されているか
  4. ベースラインとフォローアップの双方で、腫瘍の測定がなされて記録されているか
  5. 全ての病変について、それぞれレポートに詳細な記載があるか

という5項目を確認したところ、わずか6名(23%)しか条件を満たしていませんでした。

当初の予想通り、電子カルテデータに対してRECISTを適用することは難しいという結論になりました。

RECISTではない治療効果判定手法の開発と評価

電子カルテデータに対してRECISTが使えないとすると、治療効果判定のためにどういった手法が使えるのでしょうか。先ほど紹介した研究2)では、RECISTではない手法を3つ開発し、評価を行っています。

RWDを用いた治療効果判定手法について

Flatiron Healthデータベースから抽出した非小細胞性肺癌患者55名について、下記3つの手法で増悪の判定を行いました。各手法では、2名のabstractorが対象データを読んで増悪の判定を行います。

放射線科レポートアプローチ臨床医カルテアプローチ混合アプローチ
対象データ放射線科レポートに記載された放射線科医の解釈に基づくカルテ記載された臨床医の臨床判断・検査結果に基づく※必要に応じて放射線科レポートを参照する左2つの資料の双方に基づく

これらの手法を用いて、rwPFS(real world progression-free survival), rwTTP(real world time to progression)を算出した後、OS(overall survival)と比較しました。

RWDを用いた治療効果判定手法の評価

55名についての検証結果は下記表のとおりです。

放射線科レポートアプローチ臨床医カルテアプローチ混合アプローチ
rw PFSMedianmonths(95% CI)4.9(4.2-5.6)5.5(4.5-6.3)4.9(4.2-5.6)
rw PFSCorrelation with OS%(95% CI)65(53-74)66(55-75)65(53-74)
rw TTPMedianmonths(95% CI)5.0(4.2-6.1)5.5(4.5-6.3)4.9(4.2-5.6)
rw TTPCorrelation with OS%(95% CI)70(59-78)70(59-78)70(59-78)

3つの手法の精度は同程度でした。しかし判定業務に携わったabstractorは「臨床医カルテアプローチ」が一番良い手法だと報告しており、筆者らもそのように結論づけています。

最後に

最近は電子カルテデータのエンドポイントとしてNLP(自然言語処理)を用いた手法開発・研究が増えてきています。3)今回は「オンコロジーで電子カルテデータを用いるときの課題と現状」を分かりやすく理解できるように、敢えてアナログなアプローチを紹介しました。この領域に興味がある方は、是非NLPや機械学習、Deep Learningを用いた論文も読んでみてください。

  1. Opportunities and challenges in leveraging electronic health record data in oncology Future Oncol. 2016 May;12(10):1261-74.
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27096309/
  2. Generating Real-World Tumor Burden Endpoints from Electronic Health Record Data: Comparison of RECIST, Radiology-Anchored, and Clinician- Anchored Approaches for Abstracting Real-World Progression in Non-Small Cell Lung Cancer Adv Ther (2019) 36:2122–2136.
    https://doi.org/10.1007/s12325-019-00970-1
  3. Automated NLP Extraction of Clinical Rationale for Treatment Discontinuation in Breast Cancer
    JCO Clin Cancer Inform. 2021 May;5:550-560.
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33989016/
二宮 英樹 CEO

ラ・サール高校、東京大学医学部医学科卒業。脳神経外科を経て、株式会社メドレーではオンライン病気事典及び遠隔診療に従事した。株式会社トライディアでデータサイエンティストとして、企業向けデータ解析・AI開発に従事。株式会社データックを創業。医療データ解析をするなかで、医療データの収集体制づくりの大切さを痛感。医療データ収集システムしてiPad問診システム、医療言語処理技術の開発を行っている。「医療4.0」では日本の医療革新に関わる医師30人に選出。

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